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 冥王星にまつわる話題
 発見から 70 年が過ぎたいま、再び冥王星が注目されている。現在に限らず、当初から冥王星にはさまざまな興味深い話題があった。これまでの特集記事では科学的なアプローチをしてきたことから、ここでは冥王星に関するより一般的なテーマを紹介していこう。

 冥王星がドワーフ・プラネット ※ となった数々の理由については、特集記事で見てきたとおりである。冥王星発見者のクライド・トンボー(Clyde Tombaugh)も、冥王星が他の惑星とはいろいろな点で異なることはもちろんわかっていた。一般 向けの著書 " Out of the Darkness "(Tombaugh & Moore 1980)では、「12. Problems of Pluto(第 12 章 冥王星の問題)」という見出しで、一章を割いてそのことを解説している。この本は、アメリカのいわゆるペーパーバックで、日本で言えば新書や文庫にあたる。発見者自らが、当時から問題視されていた事柄に関して、時代背景とともに一般市民に向けて述べていることは非常に興味深いといえよう。

 発見直後の話題としては、命名についても面白い。小惑星の場合と同様に、新惑星への命名権は発見したローウェル天文台が持っていた。Tombaugh & Moore(1980)によれば、容易に想像できるように、同天文台には命名に対してさまざまな圧力があったという。例えばトンボー自信は、生まれた子供につけた名前と同名を新惑星に与えて欲しいという手紙をある夫妻からもらったらしい。

 ローウェル天文台を設立したパーシバル・ローウェル(Percival Lowell)は、冥王星が発見される前の 1916 年に亡くなった。未亡人となったコンスタンス・ローウェル(Constance Lowell)は、新惑星の名前として「Zeus(オリンポス山の神々の主神)」を提案、次に「Lowell」、最後は「Constance」をつけるよう要望したという。しかし、同天文台として、最終的に選び出した候補は「Minerva(ローマ神話で工芸・芸術・戦術・知恵の女神)」、「Pluto(ギリシア神話で冥界の神)」、「Cronus(ギリシヤ神話で巨人族の一人)」の 3 つである。

 ところが、「Minerva」は小惑星の名前としてすでに使われていたことがわかり落選となる。一方の「Cronus」は、別の研究者が予言していた第 9 惑星の名前であったため、これも採用されなかった。以上から、残ったのが「Pluto」である。この命名について、神田(1930)は「ギリシア神話の闇黒(くらやみ)の神であり新惑星の光度が予想よりはるかに小さい点においてふさわしいものであろう」と述べている。

 渡部・布施(2004)などにあるように、「Pluto」を提案したのはイギリス・オックスフォードに住む当時 11 歳のベネシア・バーニー(Venetia Burney)である。しかし、Levy(1991)によれば、ベネシアの提案がローウェル天文台へ届く 2 週間ほど前に、同天文台のあるスタッフが思いついていた、とトンボーは話していたらしい。事実が一般的に知られていることと異なるというのは面白い。

 NASA の冥王星探査機ニュー・ホライゾンズの打ち上げが間近に迫った 2006 年 1 月、 87 歳となったベネシアへのインタビューが、イギリスの BBC ニュースのホームページに掲載された。同ミッションと共同研究を行う筆者もアメリカ・フロリダからの打ち上げに招待されたが、ベネシアは高齢のため参加しなかったそうである。なお、打ち上げ前に行われたパーティーには、トンボー夫人が出席していた。

 一方で、日本語名が「冥王星」となったことに関する興味深い話をまとめよう。最初にこの名前を提案したのは、星の民俗学を研究した野尻抱影である。彼は、科学雑誌「科学画報」の 1930 年(昭和 5 年) 10 月号に「新惑星の邦名について」を寄稿する形で提唱した(野尻 1930)。原文は旧仮名遣いのため少々読みにくいが、全文を図 1 に掲載する。現代仮名遣いに直した同記事は、野尻(1989)に載っているので、以降ではそちらを引用していく。

 

図 1 : 野尻抱影 "新惑星の邦名について" 科学画報昭和 5 年 10 月号 PDFファイル

 

 『はなはだ僭越な提案ではある』で始まる前半では、「Pluto」と命名されたことに対する神田(1930)を引用後、『これを我国に採用する場合には前例もあること当然「**星」の訳名で決定されるべきではないだろうか。』とある。さらに『すでに当事者の間で「プルート」と命名されたのだとすると、いささか不統一のうらみをなしとしない。』と続く。

 どうやら東京天文台(現在は国立天文台)などがある関東では、英語名の発音「プルート(ー)」をそのまま日本語名として使っていたらしい。このことは、特集記事「理科年表と冥王星」にあるように、東京天文台が編纂していた当時の理科年表を見ると間接的にわかる。さらに松村(1991)によれば、野尻(1930)の発表後、『この提案には京大の山本一清博士が賛同、東亜天文学会でも間もなく採用』されたという。つまり、関西では野尻(1930)の提案から、すぐに「冥王星」となった。興味のある読者は、関東と関西でどうしてこのような違いが発生したのか、調べてみて欲しい。

 ここで、当時の書籍を何冊か紐解いてみたい。まずは、冥王星が発見される 13 年前の大正 7 年発行の「高等天文学」(一戸 1918)。目次の「第十三章 惑星(其二)」には、『水星 ─ 金星 ─ 火星 ─ 小惑星 ─ 木星 ─ 土星 ─ 天王星 ─ 海王星』とあり、もちろん冥王星は載っていない。一方で、海王星の節には『現今吾等の知れる最も太陽より遠き惑星』と、第 8 惑星までが太陽系の惑星である。ただし、小惑星が惑星の章に入っているのは面白い。

 冥王星発見の翌年昭和 6 年発行の「一般天文学」(平山 1931)は「海王星外惑星」の節を設け、ローウェルが第 9 番惑星の存在を予想した手法が解説されている。さらに、トンボーが 1930 年に発見した天体が海王星外惑星であるかどうかは、正確な軌道の決定が必要であると述べた。この本では、天体の英語名も日本語名も書かれていない。同書は、 10 年後の昭和 15 年(1940 年)に改訂(筆者のものはその再版の 1943 年版)されており、そこでは「冥王星(プルートー)」という節で、ローウェルの顔写真を掲載するとともに、新惑星が予想よりも小さかった点を議論している。

 一方、発見から 10 年後の昭和 15 年(1940 年)発行の「天文学概観」(荒木 1940)では、「惑星」を古くから用いられている「遊星」という言葉で表現している。驚くべきことに、『トランス・ネプチュニアン問題』という節があり、ローウェルを「遊星天文学の大家」と紹介する。続く『遂に発見された冥王星』という節では、「それにしてもトンボー君などは餘程幸運に恵まれてゐたものに違いない」と述べた。

 さて、この節の最後『かくして、我が太陽系に於いて、今日知られてゐる遊星の最外側の役目をするのは冥王星であるが、然らば更にその外方に遊星ありや否や。また我が太陽系の限界は那邊にありや。これ太陽系の鳥瞰に當つて最後に考察せねばならぬ問題であらう』という文は、いま現在でも通ずるテーマであることに注目したい。

 終わりに、最近の話題として 2006 年の惑星定義発表後の新聞報道を見ていこう。 2006 年 8 月 24 日に惑星の定義が発表され、各新聞社は通常の記事はもちろん、社説も一斉に冥王星について取り上げた。各社のホームページから社説のタイトルを集めたのが表 1 である。いわゆる新聞記事は事実に限られる一方、社説はその新聞社の考えや主張を自由に述べる論説であることから、さまざまな側面が見られることが期待できよう。

 まずタイトルは、本文の内容を十分に反映させようと、各社アイデアを振り絞っている感が見て取れる。それらを比較してみると、短いタイトルからでも、担当者が執筆にどれだけ準備をしたか、どれほど背景を勉強したのかが十分にうかがえよう。雑誌の見出しのようにセンセーショナルに扱った社、教育論まで延長したところ、科学の進歩を讃えるところ……。興味をお持ちになった方は、お近くの図書館などで実際の紙面を目にしていただきたい。

表 1
冥王星に関する各新聞社の社説の見出し(順不同)
東京新聞 冥王星除外 見上げてごらん星空を(2006 年 8 月 25 日付)
朝日新聞
冥王星 地球は君を忘れない(2006 年 8 月 25 日付)
毎日新聞 惑星定義 論争が科学を面白くする(2006 年 8 月 25 日付)
読売新聞 [冥王星降格]「観測技術が変えた『惑星』像」(2006 年 8 月 26 日付)
日経新聞 解明進み、変わる惑星像(2006 年 8 月 26 日付)
産経新聞 冥王星降格 第 9 惑星よ、さようなら(2006 年 8 月 26 日付)
福島民友新聞 冥王星外れる/質量や軌道で条件満たさず(2006 年 8 月 26 日付)
高知新聞 【冥王星除外】天文学界の大勢を示す(2006 年 8 月 26 日付)
神戸新聞 冥王星退場/太陽系の研究深化の証し(2006 年 8 月 26 日付)
山陰中央新聞 冥王星は除外/長年の惑星論争に終止符(2006 年 8 月 26 日付)
東奥日報 冥王星、惑星失格/「水金地火木土天海」に(2006 年 8 月 28 日付)
琉球新報 惑星の新定義・科学する心に火を付けた(2006 年 8 月 27 日付)
沖縄タイムス [「冥王星」除外] 太陽系解明へ期待したい(2006 年 8 月 29 日付)

 

【参考文献】
荒木俊馬 『天文学概観』恒星社厚生閣、 1940
一戸直蔵 『高等天文学』東京博文館、 1918
神田茂 "新惑星は『プロートー』と命名さる" 『科学画報』昭和 5 年 9 月号、 1930
平山清次 『一般天文学』共立社、 1931
平山清次 『一般天文学』共立社、 1943
松村巧『近代日本雑学天文史』自費出版、 1991
野尻抱影『野尻抱影の本 ─ 1 星空のロマンス』筑摩書房、 1989
野尻抱影 "新惑星の邦名について" 『科学画報』昭和 5 年 10 月号、 1930
渡部潤一・布施哲治『太陽系の果てを探る』東京大学出版会、 2004
Clyde W. Tombaugh and Patrick Moore『Out of the Darkness』New American Library、1980
David H. Levy『Clyde Tombaugh』、Univ. of Arizona Press、1991

【布施哲治】