太陽の南中高度は夏に高く冬に低くというふうに、
1 年の周期で変動を繰り返す。これはもともと 1 年という長さが太陽の動き
(正確には地球が太陽の周りを回る動き)によって決まっているからである。このように、太陽の動きをもとにした暦を太陽暦と呼んでいる。現在我々は太陽暦の
1 種であるグレゴリオ暦にもとづいて生活をしている。
通常 1 年は 365 日であるが 4 年に 1 度 366 日となる年があり、これを閏年というのはよくご存知だろう。地球が太陽の周りを回るのにかかる時間は
365.2422 日(1 太陽年)ときりのよい数にならないため、
1 年を 365 日のように固定してしまうと端数の分だけずれていくことになる。そこで、
4 年ごとに閏年を設けてこのずれを補正(端数 0.2422
日は 4 年で 4 倍の約 1 日になる)しているのである。このように単純に
4 年に 1 度閏年を入れる暦をユリウス暦という。ユリウス暦の名前は紀元前
46 年にそれを導入したローマの英雄ユリウス・カエサル*に由来している。
さて、ユリウス暦における 1 年の長さは平均すると
(365 + 365 + 365 + 366 )/ 4 = 365.25 日 であるから、
365.2422 日より 0.0078 日長い。これはわずかな差だと思うかもしれないが
1300 年ほどたつと 10 日のずれになってしまう。このずれを修正するために
1582 年、ローマ法王グレゴリオ 13 世によりグレゴリオ暦が導入された。
グレゴリオ暦における閏年のルールは以下のとおりである。
1. 4 で割り切れる年を閏年とする
2. 上記のうち、 100 で割り切れる年は閏年としない
3. 上記のうち、 400 で割り切れる年は閏年とする
したがって、西暦
2000 年や 2004 年は閏年であるが、 1900 年や 1800
年は閏年ではなく、 400 年間に 97 回の閏年が入ることになる。また、
10 日のずれをもとに戻すため、ユリウス暦の 1582
年 10 月 4 日の翌日をグレゴリオ暦の 1582 年 10
月 15 日と定めた。
ただし、宗教的な壁もあってすべての国が
1582 年に一斉に変更したわけではないので、文献上の日付を調べるときには注意が必要になる。日本では明治
6 年(1873)1 月 1 日から太陽暦を採用しているが、このときの閏年のルールはユリウス暦のものであった。差が生じる
1900 年を目前にした明治 31 年(1898)にあらためてグレゴリオ暦のルールに変更し、事なきを得ている。
*英語読みのジュリアス・シーザーで呼ばれることも多い。
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