糖鎖はグルコースなどの単糖が鎖状につながったもので、動物や植物や甲殻類の構成成分としてのコラーゲン、ペクチン、キチンやエネルギー源の貯蔵物質としてのグリコーゲンや澱粉などがある。核酸にも糖鎖は含まれる。そのほか、糖鎖は複合糖質と呼ばれる糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカンなどの構成成分である。DNA、RNA
などの核酸の鎖タンパク質の鎖についで糖鎖は第 3
の生命鎖と呼ばれる。主として細胞膜に存在し、細胞膜の外側についていることから、細胞の顔と呼ばれ、細胞同士の認識や情報の交換などをおこなう。ABO
式の血液型は、たった 1 個の糖鎖の違いできまる。O
型の持つ糖鎖構造に A 遺伝子が作るタンパク質である
A 酵素がアセチルガラクトサミンを付加することにより
A 型、B 遺伝子が作る B 酵素がガラクトースを付加すると、B
型となる。AB 型はこの両者を持つ。O 型にはこれらの糖鎖がない。糖鎖には、さらにはタンパク質などに結合していない遊離の糖鎖もある。最近は細胞質や、核などにも存在することがわかっている。
糖鎖は感染症で重要な役割を果たす。大腸菌 O-157
は感染する際に糖鎖 Gb3 を認識して入る。コレラ毒素は
GM1 という糖脂質を認識する。またインフルエンザはウイルスの持つヘムアグルチニンというタンパク質が細胞の糖鎖と結合して進入し、また出芽増殖するときはシアル酸を切断するノイラミニダーゼが働く。インフルエンザの治療に使われている薬剤はこの酵素の阻害剤である。
がんの転移のステップでは糖鎖が重要な役割を果たす。原発巣から離脱する際には糖鎖がかわり、がん細胞をばらばらにする。またこれを糊付けして転移を防ぐ糖鎖もある。血管に出てからは血管を移動し、遠隔で定着するときにがん細胞の持つシアリルルイス
X が接着分子セレクチンと結合する。また感染がおこると白血球がやはり類似のシアリルルイス
a を通じて、血管内皮細胞の持つセレクチンと結合し、接着を繰り返しながら移動する。
また転移性のがん細胞は特徴的な糖鎖構造を作り、転移しやすい性質になる。
糖鎖を利用したがんの診断や治療法の開発もおこなわれている。炎症性疾患や良性疾患とがんとの区別はタンパク質の変化を見るかかぎりでは限界があるが、糖鎖の変化を指標により、識別ができることがある。フコースの付加された AFP という腫瘍マーカーは肝臓がんの特異的なマーカーとして認可されている。
がんの抗体療法は、がん細胞の表面の抗原物質(増殖因子受容体など)に対する抗体を使うが、この抗体
(IgG)は抗原と結合するだけでなく、エフェクター細胞といわれる
NK細胞などの持つ Fc 受容体とも結合し、この細胞を活性化して、がん細胞を死滅させる。これを
ADCC(抗体依存性細胞障害活性と呼ぶ。この抗体の
Fc 部分には糖鎖があり、この糖を除くと、この抗体の持つ
ADCC 活性が 100 倍にも上昇し、がん細胞を殺す作用が著しく高まる。また糖鎖は先天性筋ジストロフィー症など多くの先天性の病気の原因にもなっている。
【谷口直之 大阪大学大学院医学系研究科(2008年 4月)】
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図 糖鎖は細胞の顔
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