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 天文部 すばる望遠鏡の成果:彗星に含まれるアンモニア分子の氷結温度

理科年表 平成30年
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 彗星は,太陽系の形成初期に惑星ができる構成要素となった「微惑星」の残存物であると考えられている.現在,これらの微惑星残存物の多くは海王星以遠の領域に存在し,黄道面に沿ったベルト状の「エッジワース・カイパーベルト」と,太陽から1万〜10万天文単位に球殻状に存在する「オールト雲」という二つの領域に分布していると考えられている.これらのうち,軌道進化の結果,太陽の近くまで接近する軌道を持つようになったものが,彗星として観測される.彗星核は主に塵と氷からなるが,太陽に近づくことによって,その氷成分が蒸発してガスとなる.ガスは太陽の光によって,その成分に特有な輝線を出すため,ガスの成分や量を知る手がかりとなる.こうして我々は,約46億年前に形成された氷成分を,現在,詳しく調査することができるのである.
 彗星核に含まれる氷は約80%が水(H2O)である.それ以外の分子として,一酸化炭素,二酸化炭素,アンモニアなどが含まれている.これら分子のうち,水やアンモニアは,水素原子が対称な位置にあるために,水素原子核の核スピンの方向によって「オルソ」と「パラ」という二種類に分類できる.これらの間には放射による遷移がほとんど起きないため,星間空間のように低密度,低温度の環境では,まるで別の分子種であるかのように振舞う.これらの分子は,太陽系のできるもととなった分子雲あるいは原始太陽系星雲において,ダスト表面に氷のマントルを形成し,それが彗星核に取り込まれたと考えられている.この時点からオルソとパラの比率はほとんど変化していないと考えられており,オルソ/パラ比が分子生成の環境,あるいは分子が氷結した環境を探る手がかりとして重要であるとされている.
 彗星核に含まれる分子のうち最も豊富な水は,地球大気の水蒸気によって邪魔されるために十分な観測を行うことが出来ない.そのような状況の中,すばる望遠鏡と高分散分光器(HDS)によって観測されたリニア彗星(D/ 1999 S4)の高分散スペクトルから,アンモニアのオルソ/パラ比が初めて明らかにされた.アンモニア分子は,彗星核から蒸発したあと,太陽紫外線によってNH2分子と水素原子に分解される.このNH2分子も水素原子を二つ持つためにオルソとパラに分類されるが,アンモニアから生じたNH2分子のオルソ/パラ比は,もとのアンモニアのオルソ/パラ比と一定の関係にある.NH2分子は可視光で観測が可能なため,すばる望遠鏡とHDSによって得られた高S/Nのスペクトルから,NH2分子のオルソ/パラ比が,そしてアンモニアのオルソ/パラ比が高い精度で決定されたのである.
 実は,アンモニア分子そのものは電波領域で観測が可能であるが,彗星の場合には検出が非常に困難であり,アンモニアのオルソ/パラ比の決定は,これが,はじめてのこととなった.得られたオルソ/パラ比は,リニア彗星に含まれていたアンモニア分子が,約28K(-245℃)という低温度環境で凝結した可能性を示唆していた.この温度は,原始太陽系星雲の中において,ほぼ土星から天王星の軌道付近に相当する.これは,リニア彗星が原始太陽系星雲中で巨大惑星領域(木星から海王星までの領域)で形成された可能性を示している.リニア彗星のようなオールト雲起源の彗星は,もともと巨大惑星領域で形成されたことが軌道の観点からも示唆されており,このことは今回得られた結果と矛盾していない.今後,すばる望遠鏡とHDSによって,さらに多くの彗星について,その起源に迫ることができると期待される.

【 河北秀世/渡部潤一 】