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 生物部 脳神経科学の最前線

理科年表 2019
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 ヒトの脳は,1000億個以上の神経細胞(ニューロン)とのその10倍以上のグリア細胞から成り立つ,非常に高度な機能を有する細胞社会であり,地球上の生命進化の最高傑作物であるといわれる.現在,この脳を対象とした“脳科学”に高い関心が寄せられている.西暦2000年には,Carlsson博士,Greengard博士,Kandel博士の3名の優れた脳科学研究者にノーベル医学・生理学賞が授与されている.また,“脳”のあまりに複雑な構造と多様な機能ゆえに,“脳科学”は非常に幅広い学問領域となっている.
 現在“脳科学”の研究対象としては,
1.神経発生(受精に始まる発生過程の中でどのように神経系が構築され,神経細胞やグリア細胞などの細胞がどのように分化・移動するか,神経細胞が軸索を伸ばし,神経細胞同士がシナプス結合していく機構など);
2.シナプスの可塑性(シナプス伝達の可塑的変化や記憶・学習の分子機構など);
3.認知科学を含む高次脳機能の研究(脳のどこの場所がどのような機能を果たし,どのような仕組みで高次機能を実現しているのかを詳しく調べる研究);
4.神経変性疾患研究(アルツハイマー病やパーキンソン病の神経変性疾患の発症機序を遺伝子,細胞レベルで解明しようとする研究);
5.神経修復と再生;
などが現在大きくクローズアップされているが,それぞれの分野はかなり先鋭化している傾向にある.わが国では,脳研究は,その方法論から“脳を知る”研究,“脳を守る”研究,“脳を創る”研究などに分類され,研究費の審査や分配が行われている傾向もある.しかしながら,脳という臓器を舞台にまったく別個の学問体系が生じてきている状況でもある.

【 岡野栄之 】

■トピックス後日談■

「国際的なブレイン プロジェクトの勃興」
 ヒトの脳は1000億個を超えるニューロンが100兆個を超えるシナプスで結合された神経回路を形成することにより情報を処理し,複雑な高次脳機能を担っている.これは,以前から知られていることであるが,2003年に書いた脳科学の最前線を改めて読み返してみると,「ヒトの脳は,1000億個以上の神経細胞(ニューロン)とのその10倍以上のグリア細胞から成り立つ,非常に高度な機能を有する細胞社会であり,地球上の生命進化の最高傑作物であるといわれる.」とヒトの脳を位置付けており,脳の研究は,その守備範囲の広さゆえに,脳を知る”研究,“脳を守る”研究,“脳を創る”研究などに分類して研究を進めようとしていたことに気づく.この研究の方向性は,改めて的を射たものであると言えよう.すなわち,14年経った今,ゲノム科学,幹細胞生物学,イメージング研究の急速な進展を取り入れつつ,今もこの4つの領域は,脳科学を支える重要な柱となっている.
 しかし2003年の時点では,このヒトの脳の複雑な情報処理の仕組みに対して,その時点の研究手法には限界があったのも事実である.例えば,神経細胞の一つ一つの細胞レベルでの活動を測定しようとすると,ごく最近までは,ごく限られた数の細胞を対象とした解析しか出来ず,その一方,脳の広い範囲の活動を知りたい場合には,脳波やfMRIのような何十万個あるいはそれ以上の数の神経細胞の集団的な活動の平均値しか測ることしか出来なかったため,細胞レベルで脳のネットワーク全体を解析することは不可能であるともっぱら考えられていた1).しかしながら,電子顕微鏡を用いたミクロスケール(〜1nmレベル)から,光学顕微鏡を用いたメゾスケール(〜1μmレベル),MRIレベルを用いたマクロスケール(〜1mmレベル)といった全く異なる解像度とモダリティでの脳の構造と機能を解析する研究手法が,長足に進歩し,これら様々な研究手法を統合して,脳全体を理解していくというアプローチが注目され,今では主流となりつつある.また,ヒト脳の正常な神経回路機能の破綻は,統合失調症や神経発達障害などの精神・神経疾患を引き起こすと考えられており,正常な神経回路機能の全容解明は,ヒトの複雑な脳機能を理解する上で重要なだけでなく,神経疾患の病態解明や治療戦略の開発にとっても欠かすことができないと考えられている.
 このような趨勢の中で,脳全体のネットワークを解析しようとするBrain Mapping Project(あるいはBrain Project)が,ヒトゲノムプロジェクト以来の大きな国際的共同研究として注目されて来ている.2013年には,米国ではブレイン・イニシアチブ,欧州ではHuman Brain Projectという巨大なプロジェクトが開始され,翌年の2014年には,我が国においても「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(Brain/MINDS)が立ち上がり,その後中国,韓国などでもその動きがある.我が国のBrain/MINDSは,ヒトの脳の機能解明のためには,可能な限りヒトに近いモデル生物系として,霊長類コモン・マーモセットに注目した点が特徴的であり,新しい脳科学の計測・観察技術の開発を進め,さらには我が国が得意とする霊長類遺伝子改変技術を融合して,ヒト脳機能の解明に迫ると同時に,精神・神経疾患の理解を深め,これらの疾患の根本的な治療法の開発につながることが期待されている.

参考情報・文献
1. 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクトHP:http://brainminds.jp/
2. Okano H, Sasaki E, Yamamori T, Iriki A, Shimogori T, Yamaguchi Y, Kasai K and Miyawaki A.: Brain/MINDS: a Japanese National Brain Project for Marmoset Neuroscience, Neuron, 92 (3): 582-590, 2016.

【 岡野栄之(2017年10月)】